SSブログ
漫画・小説 ブログトップ
- | 次の10件

医龍3を観て [漫画・小説]

先週から始りましたフジテレビドラマ「医龍3」 一作目が原作に沿ったものでしたが 今回は全くのオリジナルストーリーで進んでいますね

http://www.fujitv.co.jp/iryu3/index.html

まぁもっとも 原作の方は荒瀬より先に 朝田の方が重症になってしまいましたのでアレなんですけど・・・

今の時代の技術とその解説 及びこれまでのシナリオの流れを踏襲したうえで脚本を書いてあると思われますが なんか今までの人気に乗っかって作っているような気がしないでもありません

特に新しいライバル(カテーテル治療の権威 黒木)の出現や小生意気な新人研修医の投入、新しく現れた謎の女性の登場など話に幅を持たせるのも良いですが 本来人を救ってナンボの医者の世界に 変な先入観を抱かせるともとれるストーリー作りは 実際の患者の立場としてはあまり良いものではありません
(本当の大学病院なども 確執や派閥抗争などドロドロとしたものがいまだにある所もあるかもしれませんけど)

過去にも「白い巨塔」や「振り返れば奴がいる」など医者同士の対立をあらすじとしたものもありましたが 医者不足、医療品質の低下が問題視される現在 単なる医療ドラマとしては重過ぎます


バリバリの専門用語の活用やCGなどを多用する途中解説 それに実際の医者のような技能を役者に習得させる徹底ぶりは流石とは思いますが 最近の映画やドラマの傾向として生半可な演技ではリアリズムが出ないということもあるでしょう

それにしても 黒木医師(遠藤憲一)のカツラは荒瀬(阿部サダヲ)の色とカブってるのが非常に気になります いや気に入りません
普通に素の黒髪オールバックで良かったのでは?


これからのストーリー展開も気になりますが 所詮朝田が主人公のためどんなラストになるかは推して知るべしですが・・・



p.s. 番組内でよく起こるVF(心室細動)ですが 本来電気信号で規則的に収縮拡大を起こす心筋が なんらかの理由で不定期な細かい連続収縮動作を起こすことによりポンプとしての動作を図ることができなくなる状態を言うらしいのですが それを簡易的に回復させるのが最近巷で良く見かけるAED(除細動器)です
”除細動”という言葉が 何を表すのかが分かりませんでしたが 細動(心筋の不律収縮動作)を取り除くという意味だったんですね
ただこれが成功するためにはVFが起こってから3分以内の対処が必要とのことなので 広く多くの人が使い方とその知識を知る必要があります

そのための専門知識公開としてはドラマという手段はとても良いと思います









nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:blog

リバイバルブーム!? [漫画・小説]

週刊少年ジャンプで好評を博した名作「キャッツアイ」が復活するそうです

<キャッツ・アイ>25年ぶり復活 泪、瞳、愛が装いも新たに コミックゼノン創刊号で
まんたんウェブ 9月13日(月)7時2分配信  喫茶店を営む美人3姉妹が夜には美術品を狙うレオタード姿の怪盗となる北条司さんのマンガ「キャッツ・アイ」が25年ぶりに復活することが、13日明らかになった。作画は「週刊少年マガジン」で「M.I.Q」を連載した浅井信吾さんこと阿佐維シンさんが担当し、キャラクターは一新。「月刊コミックゼノン」創刊号で10月25日から連載され、タイトルは「キャッツ・愛」となる。   「キャッツ・アイ」は、「シティーハンター」や「エンジェルハート」と並ぶ北条さんの代表作で、81~85年に週刊少年ジャンプで連載された。女盗賊グループ「キャッツアイ」の来生泪、瞳、愛の美人3人姉妹と、瞳の恋人である熱血刑事・内海俊夫を軸にしたラブコメディー。テレビアニメやドラマ化もされ、 97年には、藤原紀香さん、稲森いずみさん、内田有紀さんが3姉妹を演じる豪華キャストで映画化。また、最近では最高6億円くじ「BIG」のCMでお笑いトリオ「森三中」の3人がパロディーで扮(ふん)し話題となっている。  新マンガ「キャッツ・愛」で北条さんは原作。作画は阿佐維さん、シナリオは原作・脚本制作集団の中目黒さくらが担当する。(毎日新聞デジタル)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100913-00000001-mantan-ent

作画者が北条司氏ではなく阿佐維シン氏が担当するとのことで キャラクターや衣装も今風な感じになり(装備もそれなりにしているようです) ”新生”といった雰囲気がプンプンしますね~

前作の世界感、雰囲気が強いため どんなストーリーになるか楽しみです^^


尚、キャッツアイに限らず「GTO SHONAN 14DAYS」や「キャプテン・ハーロック」「映画トロン」など過去の秀作が次々と復活しているようですね・・・

「未来」に夢と希望を持つことが出来ていた時代をもう一度感じたいという 一種韓流ブームのような感じなのでしょうか・・・


夢も希望もない3人組みですw
nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

ハガレン まさに大団円 [漫画・小説]

TVアニメも佳境になり 残すところあと3話になりましたが 一足先に原作が終了しました

鋼の錬金術士
http://gangan.square-enix.co.jp/hagaren/

エドの足だけはまだオートメイルのまま キメラのおっさん達も元の身体に戻る方法を求めてアルと一緒にシンへ
それぞれの人生(役目)が終わったわけではなく これからが再出発!という感じの締めくくりでした
エドとウィンリィとのお互いの認識も確実なものとなり しっかりとした結末になってホンワカとしました


これからそれぞれの人生にどんな困難が訪れても グリード曰く「魂の友」が居る限り 人生のいち糧となるのは間違いありません


思えばホムンクルス(お父様)も神という立場というより 自分の確実な居場所と自由が欲しかっただけなのかもしれません・・・




それにしても ガンガン7月号分厚すぎw

ハガレンだけでも123頁あるのは仕方ないにしても 全体で1219頁もあり その暑さは7cmにもなります

今月号の付録がハガレン特製置き時計が付いているため 片手で持つのも一苦労です^^;



TVアニメ版も同様の結末になるとしても スッキリすると思います
(もしかしたら グリードとリンの別れのシーンあるなら 泣くかも・・・)

p.s.今改めて思うと 最終回のタイトルはエドたちではなく ホーエンハイム自身のことだったのかもしれない
nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

オチは笑いだけにあらず 全ての出来に通じる [漫画・小説]

今週末に発売される月刊少年ガンガンガンに掲載される号で いよいよ鋼の錬金術士が最終回を迎えます

http://gangan.square-enix.co.jp/next/

9年間の長きに渡り幾多の結末を迎え 現在TVアニメで放送されているFAと唯一連携した結末が来ると思います

私も途中からのファンなのですが それでもエヴァより好きなのは何故でしょう?
(未だに”破”も見てませんし 進んで見ようとも思っていません)

今時しっかりした結末(オチ)がないとロクなものではありませんが どんな結末になるか楽しみです
(フジテレビが力を入れて放送した「刑事 成沢了」も最初の方は見れましたが あの結末はないでしょう・・・ あれでは結末なのかそうでないのかも判断つきません オチを考えることができないのなら 元々ドラマ作るなよって感じです)

nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

「EVIL HEART」考察 [漫画・小説]

は~い 読書感想文の第2回で~す

題目は ”武富智”作「EVIL HEART:イビル ハート」

家庭内暴力から逃れる(守る)為に凶暴な性格を内に作ってしまった中学生少年正木梅夫(以下梅と略)が出会った人々の交流や合気道という武道から人との繋がり、やさしさ 自分自身の考えや成長を綴った傑作です

実父のDV、その父の暴力性を自分も受け継いでいるのではと怯え反発しながらも それを払拭するため自らも理由不明な暴力に染まってしまう兄、そんな兄から家族を守ろうと兄を刺して傷害事件を起こし服役中の母、たった二人きりとなった家族を守るため姉真知子は辛苦を内に秘め 主人公の弟は姉と出所してくる母を復讐に燃える兄から守ろうと強さ(力)を求める


週刊ヤングジャンプで2005年から連載されましたがストーリー途中で連載中止になり コミックスも全3巻で止まったままになっていました(その後 全書き下ろしの「氣」編が発売されていましたが最近まで知りませんでしたw)

今年になって完結編2巻が書き下ろしで発売されストーリーも大団円を迎えました
(何度 読んでも目と鼻から涙が流れます (*´Д`*))


よくあるスポーツ漫画とも違う さりとて暴力漫画とも 青春ものとも違うストーリー展開に 連載開始当時から注目してましたが 完結まで書き下ろして頂いた作者の武富氏に感謝です

最近流行りかどうか知りませんが その場限りや読者(編集者含む)の意見などによる展開変更などの影響を受けやすい漫画業界にあって 作者が描きたかったこと・伝えたかったことをストレートに伝えられない中 ”書き下ろし”という手段で最後まで伝えきるというのは相当大変なことなのだと思います
(漫画の感想じゃなくて漫画家の感想だな こりゃw)

良かったら ではなく是非読んでみて下さい!


さて ココから先は多少ネタばれを含む意見を書きますのでちょっと先に延ばします・・・































中学に進学したものの無意識に育った自分の暴力性と 他者から受ける暴力や中傷に対する更なる反発

それがこの話の冒頭の頃の梅でした

当然 上級生からのシメや 過去を知る同級生の家庭内への非難を受け止められず 父や兄から引き継いだ”暴力”という「力」によって蹴散らそうとしますが そこに生まれるのは更なる対立や怯え・恐れ それに伴う暴力の連鎖が続きます

そんな毎日の中でカナダから来たダニエルと合気道に出会う(これが梅の最初の幸せだ)

怒り狂って突進してくる相手も涼やかに流し 組み伏せてしまう合気道
その魅力とは別に単純に兄との対戦のためただ欲してしまう梅に対し 過去の自分を重ねたせいか教えようとするダニエル
氣編で語られることだが ある事件の所為で自分の子供(産前)を失い それを自分の所為と嘆き婚約者を捨て日本に”逃げてきた”が そこで梅のように合気道と出会い人との付き合いや自身の成長にもなったので 梅にもそうなって欲しいと思ったのだと思う

実際 実戦(兄やケンカ相手との闘争)を積んできただけあり 梅の集中力や対応力、技の吸収力は目を見張るものがあり ときとして良くも悪くも周りの人たちに影響を与えたものの 迫り来るXデー(母親の出所日)に想像を絶する重圧(プレッシャー)のため 合気道の本質には至ることができない梅自身は焦りを覚えていた

迎えた夏休み ダニエルを怒らせてしまいカナダに帰ってしまったと勘違いした梅は祖父の住むトロント(ダニエルもトロントに帰っていた)に行き 現地の道場で再開することができた
言葉の違いや馴れない相手のため 逆に基礎である「相手に合わせる」という実感を体験した梅の力量は急速に進み 後遺症で苛む事件の犯人の息子やダニエルの心さえも開放することができた

日本に帰国後 考えを改め他人に頼るという行為が 自尊心喪失や怠惰などではなく人との繋がりだと思い 初めて心を開くが 迎えたXデー当日 合気道の昇進試験会場から自宅に帰宅した梅を待っていたのは「母を殺した」という兄だった

最初は一旦気を静めた梅だったが ダニエル同様に逆上し我を忘れて兄に立ち向かうが 単純なケンカと力のため体力と体格差で劣勢となる
が 体に染み込んだ合気道の技や 級友の応援でなんとか立ち直り劣勢を覆すことができた


母さんを見殺した」と本心を出す兄
家族のために自殺しようとするが「家族と一緒に居たい」と叫ぶ母
兄ちゃんも助けてって言えばいいんだ」と諭す弟

散々すれ違い 他人の思惑や事件、事故のため紆余曲折あれど 人を思うやさしさ 信じる心を漫画的なファンタスティックな展開ではなく じっくりと実感できる第69話は感動ものです


暴力の嵐が過ぎ去った10年後 晴れて姉とダニエルの結婚式で かつて暴力の果て家を出て行き別の家庭を持った憎んでいた父へ 兄からブートニアを渡され 一家揃って二人の門出を祝うことができ梅をはじめ家族全員と新たな家族となったダニエル その光景が訪れるのを待っていた人たちにとって 「幸せ」のゴールではあるけれど 「スタート」でもあるこの瞬間を 私も5年越しで待っていた気がする


・・・って 感想文っていうよりストーリー概要の紹介で終わる気がする・・・


題名の「EVIL HEART」は邪悪な心とも読めるが これは初期の梅の心であり 同時に荒魂という解釈もあるとのことだが 荒れ狂う災害(人災)に対し嵐を鎮めるための儀式・供物として10年間という物語があったのではないかと思います

ついでに

作品によく記載されている「三千世界 一度に開く 梅の花」という道歌
正しくは”三千大千世界”とのことですが ダニエルの解釈の通り 争いごとをはじめとする差別・不平・弾圧が一瞬でも無くなり 全世界に平和が訪れる瞬間が来る為に たとえ少しでも相手を思いやる気持ちを持つことこそ作者の願いであり 私が感じた感想のまとめだと思います


最近 とみに多くなってきた家庭内での暴力や殺人 他人が推し量る以上に当人達にとっては避けることもできず また悩みを安易に打ち明けることもできずに悲しい結末を迎えることになってしまうのだと思います

もし貴方が悩んでいるのなら そして万一周りの人が塞ぎ込んでいるとしたら 決して自分だけで解決しようとしないで「梅」になって「ダニエル」を探してください また「ダニエル」になってください


梅が求めた強さとは 誰にも負けない力ではなく 誰とも気を合わせることのできる心(境地)だったのですから






nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

「ナツノクモ」考察 [漫画・小説]

新たにカテゴリー増設しました

第1回目として 前回の記事で紹介した篠房六郎氏の「ナツノクモ」について

http://www.ikki-para.com/comix/natsunokumo.html

リネンという会社が運営するMMORPG(作中ではボードゲームと呼ばれる)だが PvP対戦が主体(モンスター討伐もあるようだが)のアクション要素が強いオンラインゲームが舞台だ

(ここから先はネタバレの可能性があるため読む前にここを見られた方は 読んだ後でどうぞ)
※但し ネタバレと言ってもあくまでも私個人の感想が主体のため 作者が意図するものと実際違うかもしれませんのであしからず・・・









































内容はまぁ各自見て頂くとして 見た感想をいくつか

① 題名になっているクモについて
wikiなどの情報だと「作中が夏休み中の設定のため」とか「蜘蛛の怪物カバキ」とかの説があるようですが やはりカバキの説を推します 第1巻に一寸しか登場しないのに 表紙カバーにもなっているクロエは文字通りクロゴケグモもイメージされた外装(キャラクターデザイン:性能含む)と思われるからです

② 主人公(と思われる)のトルク(=コイル)のプレイヤーである伝堂という人物は このリネンの開発者側の人間であり その開発途上で発生した事故(事件)や家庭内事情により ゲームの世界に没頭(逃げ込んで)してしまった経緯がある そのため本来の社交性や人格に支障を来たし 「廃人(神)プレーヤー」になったものと思われる トルクは裏技的外装ではないかと作中でも紹介されているが リネンから提供されている外装というより伝堂が己の逃避行為の為に自ら作成した外装ではないかと思う
本人に備わった性能「ガッツ」や「ドラゴンハンド召喚」、「ワクチン弾を発射できるライフルアーム」など多数を装備している点などだけをとっても 通常外装では実現不可能と思われる
(高額マネーで取引きできる類の装備や性能でもない)
では何故親会社であるリネンがそれを許し かつ外部から保護しているのか
それはシステム上の問題である精神依存度の高いゲーム仕様や 内部情報の漏洩・内部告発などを恐れたからだと思う(要は飼い殺し状態)

③ 2人目の主人公とも言えるガウルは 実際には高校生という設定だが 元々社交性に欠けるところがあり その上虐待などで 余計に他人(自分以外)に対して心を開かないというところから 現実世界からゲーム内に逃避したものの 持ち前の内向性と反発心で孤立を深めていった
そんな中 遭う事が出来たカミオばあちゃんやリーゼ トルクやアーネフェルトなどの他意を持たず心から接してくれる人に反発しながらも惹かれていったのは必然ともいえる
だからこそ心配してくれるとはいえ表面上の感を否めないクロエに猜疑心を拭えないのだろう

④ 物語の大多数の舞台となるタランテラという開放ボード(無制限接続可能サーバー)で行われている「精神動物園」という名の”家族ごっこ”を始めたゴローというGM(ゲームマスター)が起こしたリアルでの事件 これについても本人の性格もあろうが ゲームやコミニティ・他PCが与えた影響も多大にあると思われる
この物語については 影の主人公とも言えるクランクの存在が全ての元凶とも言えるかもしれない
(そういう意味では誰も彼もが 彼の実験の被害者となるだろう)

⑤ 3人目(もしかしたらこちらが主体かもしれないが)の主人公のクロエ その正体は最終巻の巻末で露にされるが 実は祖父を自宅療養している中学生(もしかしたら小学生かも) そのため義家(ギカ=擬似家族)や園内での保護者的役割を文字通り演じているが ゲーム内での言動に幼稚さや精神面での不安定さを隠しきれないでいる
この対応にガウルは本能的に不信感を募らせている(特にリーゼに対する感情など)

⑥ これは⑤にも通じるが ガウルの不信感の元となるリーゼのことだが 物語中では現実世界で自殺してしまった少女とのこと
だが ゴローがカバキを渡したのはリーゼであり リーゼ亡きあとクロエがカバキを操っていることから リーゼ=クロエの二重人格だったのではないか? そんな気もします
(但し最終話を見る限り2セットもゲームギアを買い揃える予算がある家庭には見えませんが)


精神依存や逃避のためにゲーム世界に没頭していくことは 現在リアルでも実際に世界的に問題になっており この手のオンライン世界では細心の注意と対策をしなければ同様の危険性があるのは間違いありません

実際に3D映画の「アバター」を見た観客が現実世界への失望から”うつ”になっている人も居るとよく耳にします

映画でもゲームでも リアルさを追及した結果 それに対する揺らぎ(粗や余地)を徹底して排除し観客(視聴者、体験者)に考える余裕を与えないほどの情報を叩き込むことが 原因として大きいのではないかと思います


FFシリーズやモンハン、リネージュなどの大型MMORPGやそれ以外のゲームが 今後どのような発展を遂げていくかまだ未知数だが 粗探しが出来る程度の反リアルさを残すということも必要なのかもしれない


実際 このコミックが発刊されている頃にちょうどFF11をやっていたため 他人の動向やゲーム内の思いやりについても同時進行で考えさせられた気もする

興味がある方は是非 見てみてください


篠房六郎日記
http://cgi.din.or.jp/~simofusa/cgi-bin/jinny/





nice!(4)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog
- | 次の10件 漫画・小説 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。